犬に生肉を与えてもいいですか?与えるべき?その前に!生肉潜むリスクをちゃんと知っていますか?【初心者向け】

犬の手作りごはんの中の「生食」というジャンル。これは文字通り犬に生の肉を加熱調理せず、そのまま与えることを指します。

ネット上の多くの記事で「犬には生食が良い」という体験談を読むことができます。一方で「犬に肉を生のまま与えることは食中毒の危険があり、おすすめではない」という正反対の見解も。

結局のところどうなのでしょうか。この記事では「生食」について「栄養学的メリットはあるのか」「感染症(人獣共通感染症:ズーノーシス)の危険性は?」「薬剤耐性菌の問題」という3つの視点で客観的に解説していきます。

結論から先に言えば、筆者は感染症のリスクを冒してまで、生肉を犬に与えることのメリットを見出せませんなのでオススメではありません。加熱することに大きな栄養学的デメリットも特に見出せない。

今、生食ってどうなんだろう?と検討中のあなたは、この記事を読むことで「生肉についての栄養学的理解」「生肉を犬に与えるリスク」について客観的な知識を得られます。リスクを知った上で正しい判断を

犬に生肉を与える「生食」とは?

はじめに「生食」の定義から。

生食」は「Raw meat-based (RMBD) diets」として海外のペットオーナーの間で以前から実施され、近年増加傾向にあります。

生食」として与えられる内容は、哺乳類(牛、豚、羊など)、魚、または家禽(鶏など)の筋肉、内臓、骨、および低温殺菌されていない牛乳や生卵です。

「生食のメリット」を検証。

生食のメリットは主に以下のものが主張されます。

  • 生肉の方が犬の消化に良い
  • 犬の先祖はオオカミで肉食なので、オオカミに近い食事の方が犬の体に良い
  • 生で食べることで、含まれる栄養素をそのまま摂取できる(特に酵素、ビタミン)

これらのメリットは個人的体験に基づくもので、科学的な検証はされていません。これらの主張の中には明らかに誤りもあるため(これについては後述)注意が必要です。

検証1:生食は「消化が良い」か?「酵素」視点で考えてみる。

『生食は「酵素」をそのまま摂取できるため、犬の消化に良い影響を与える』という主張。これについて検証します。

まず犬は消化に外部からの酵素を必要としません。自前の消化酵素で問題なく食物を消化できます。そのため食べ物に含まれる酵素が犬の消化を助ける、というのは誤りです。

次に、酵素そのものの性質に注目してみましょう。酵素はタンパク質でできています。食物は口から胃へ送られ、そこで強力な胃酸による消化にさらされます。犬の胃酸は平均pH1.4、これは強い酸性で食物を固形から粥状(糜粥:びじゅく)に変化させます。

タンパク質は「」「」「アルカリ」にさらされるとその性質を変えるという特徴があります。卵を加熱すると固くなり固形になります。牛乳にレモン果汁(酸性)を加えると牛乳内のタンパク質が固まり、カッテージチーズができます。

つまりタンパク質である「酵素」も消化液(強酸性)にさらされると、その性質が変わ流ということ。性質が変われば、酵素としての活性も失われます

そのため、食物にもともと含まれている酵素が消化を助ける働きは、期待できません消化液にさらされた時点で、酵素として働けなくなりますからね

結論:食物に含まれる酵素に、消化の手助けは一切期待できない。

検証2:「生で食べると栄養素が壊れにくいので、体に良い」を考えてみる。

『加熱により食物に含まれる栄養素が壊れてしまう。だから生のまま食べた方が体に良い』

そこで例に挙げられるのが「ビタミンC」です。

ビタミンCが調理によって失われるのは事実です。加熱で失われる代表のような栄養素。

ビタミンCは水溶性です。茹でる調理の場合、多くが水に溶け流れ出す。そのためビタミンCが豊富な野菜類は、茹でる場合は短時間、または煮汁ごと食べる調理法がおすすめです。

さて肉に含まれるビタミン含有量が多いのは「ビタミンA」「ビタミンB群」です。実は肉には、ビタミンCわずかな量しか含まれません

そのためもともと、ビタミンCの供給源として肉は適していません

ビタミンCを摂取したければ、他の食物から摂るのが妥当です。ビタミンCを摂取したいのであれば、肉のビタミン流出を考えるより、ビタミンCが豊富な野菜や果物を肉に添える方が現実的です

ビタミンB群も同じく水溶性。茹でると水に溶けて損失が大きいです。

ビタミンAは脂溶性。そして肉を焼く場合、ビタミンA、B群ともに損失量はわずかです

つまり、肉をシンプルに「焼く」という調理法であれば、生食と比べて大きく栄養が損なわれるわけでは無いということ。

加熱によるわずかな栄養の損失と、生肉には「病原体汚染」「寄生虫」(後述)のリスク。両天秤に抱えてよく考えてみることです。

感染症は、場合によっては犬を命の危険に晒します。それだけでなく、人にも感染する場合もある。これを人獣共通感染症(ズーノーシス)と呼びます。

人獣共通感染症(ズーノーシス)の中には、妊婦が感染すると流産・死産、退治に重い障害を残すものもあります。

そんな犬の生食で大げさな、と思う人もいるかもしれませんが、生で肉を食べると言うことはそれなりのリスクを負っている事を自覚すべきです。そうでなければ、わざわざ国が「肉は焼いて食べよう」と言う啓発キャンペーンをやったりしません→正しい知識で食中毒対策を! 肉はよく焼いておいしく食べよう

検証3「犬の祖先は狼で肉食なので、野生に近い食事=生肉がベスト」は正しいか?

犬の祖先が狼なのは事実です。狼は肉食寄りの雑食性です。犬は雑食動物で、肉以外の穀物などにもよく適応します。エネルギーとして利用するのに何の問題もありません。

犬は家畜は家畜化された動物です。犬はこれまでに歴史の中で、人間から与えられた食べ物に適応し、それらから糖質、脂質をよく消化し、エネルギーに変える方向へ進化してきました。

その結果、野生動物である狼と、家畜化された現代の犬では生物として大きな隔たりがあります。過去に祖先が同じだったことを理由に、野生動物である狼に近い食餌が犬にとって最適とは限りません。

野生動物は家畜化された動物と比較して寿命が短いです。その短い寿命の中で繁殖を行い、子孫を残すために最適な食餌が、そのまま家畜化された犬にとってもベストであるとは言えません。

生食の「リスク」を正しく理解しよう。

ここでは生食のリスクについて解説します。

病原体汚染の危険性を知ろう

飼い主が自分で購入した生肉、または「生食用」として売られている生肉から病原体が検出されるケースがあります。

オランダで行われた調査の数字を以下にご紹介します。

調査方法:オランダで販売されている、8つの異なるブランド、35種類の市販冷凍RMBD(生食用肉)を分析。結果は以下の通り:

  • 腸管出血性大腸菌O157(8製品、23%)
  • ESBL産生菌(28製品、80%)
  • リステリア・モノサイトゲネス(19製品、54%)
  • その他のリステリア菌(15製品、43%)
  • サルモネラ菌(7製品、20%)
  • 住肉胞子虫(4製品、11%)
  • トキソプラズマ(2製品、6%)

これらの病原体、および寄生虫が発見されました。→参考:Zoonotic bacteria and parasites found in raw meat-based diets for cats and dogs.

オランダでの調査につき、この結果をそのまま日本の製品に当てはめることはできません。しかし、食肉にこうした病原菌汚染は付きものです

サルモネラ菌は自然界に広く分布している菌です。鶏にとってサルモネラ菌はごくありふれた「腸内細菌」にすぎません。人間がサルモネラ菌に汚染された食物を食べると、サルモネラ食中毒を発症します。

日本国内における鶏肉のサルモネラ菌汚染率は高く、厚生労働省の市販流通食品の調査(1999〜2008年)では以下の結果が報告されています(平均値)。

  • 鶏ミンチ肉: 33.5%
  • 鶏たたき:10.6%

出典:鶏肉におけるサルモネラ属菌のリスクプロファイル改訂版を公表しました。

サルモネラ菌が鶏の腸内細菌である以上、食肉加工の行程上、処理した内臓に食肉が触れて汚染されることは防ぎきれません。

新鮮な鶏肉であれば大丈夫、というのは誤解です。新鮮でも、汚染された鶏肉であればサルモネラ菌による食中毒になります。

鮮度の問題ではなく「汚染されているか・いないか」。

サルモネラ菌は加熱することで失活します。

病原体の解説1:腸管出血性大腸菌O157

o157は出血を伴う腸炎や溶血性尿毒症症候群を引き起こす大腸菌です。主に食品の汚染から人に感染します。動物との接触で感染した事例もあります。

感染すると食中毒症状を起こします。O157は食材を加熱調理することで防げる病原体です。

病原体の解説2:ESBL産生菌

ペニシリンなどのβラクタム環を持つ抗生物質を分解する酵素を産生する菌のことです。簡単に言えば「抗生物質が効かない菌」です。薬剤耐性菌の一種です。これらの菌に感染すると治療が困難になります。

病原体の解説3:リステリア菌

リステリア菌による感染症は、人・動物にも見られる「人畜共通感染症」です。食品汚染が主な感染源ですが、ペットから感染する場合もあります。

成人の場合、感染しても発症しないケースがありますが、発症すると発熱、頭痛、嘔吐、意識障害や痙攣が起こります。

妊婦が感染した場合、胎児へ影響します。深刻なケースではリステリア感染症が原因で、胎児が出生後、数日で死亡するケースがあります。

ペットへの感染を防ぐことは、私たち自身、私たちの周りの人たちを守ることにつながります。生食にはこうしたリスクがある事を、正しく理解しておくことが大切。

リステリア菌は加熱によって死滅します。

病原体の解説4:サルモネラ菌

サルモネラ菌に汚染された食品を口にすると、食中毒症状がみられます。小児、高齢者は重篤化しやすいので注意が必要です。

鶏肉への汚染が顕著です。十分加熱することで、サルモネラ菌は死滅します

病原体の解説5:住肉胞子虫

様々な種類がありますが、フェイヤー肉胞子虫(馬肉の生食による食中毒の原因)が特に知られています。豚、牛、羊への感染、そこからの食中毒の報告もあります。

感染すると下痢、腹痛等の症状が現れます。十分な加熱調理を行うことで、防ぐことが可能です。

病原体の解説6:トキソプラズマ

トキソプラズは食物、水を介して感染します。感染リスクが高いのは豚、羊、山羊の生肉です。妊婦が感染した場合、胎児への深刻な影響(流死産、水頭症、視力障害など様々)があります。十分な加熱により、トキソプラズマは死滅します

まとめ:「生食」のリスクを正しく知って、私たち自身を守ろう。

犬にどのような食事を選び、与えるかは飼い主の自由です。

ただし、選択には責任が伴います。

食を考える際、犬とその飼い主自身だけでなく、周りの人たちの健康を守る意識を持つことも大切。

特に近年では「薬剤耐性菌」の出現が私たちの健康を脅かしています。食肉の生産現場では、家畜の成長促進に抗生物質を利用することが「薬剤耐性菌」を生む原因ではないかと問題視されています。→参考:家畜に使用する抗菌性物質について

食肉が「薬剤耐性菌」に汚染されていた場合、加熱処理をせず犬がそれを食べ、調理や犬の糞便の処理から人間への感染が懸念されます。

生食のリスクはもっとよく知られる必要があります

リスクを知らず、「自然だから」「ナチュラルそう」と言うイメージだけで生食を選択する姿勢は勧められません。

加熱した食材でも必要な栄養は十分に摂取できます。

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